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賭け

大学の知り合いの人が野球でお金を賭けてたことがバレて、停学になったらしい。

僕はとても驚いた。

なんで、そんなことをしたんだっていう意味で驚いたのではなく。

そんなことが学校にばれたことに驚いた。

まあ多分誰かがそれを知って学校に連絡したんだろう。

しかし、そんなことをチクって自分に何の得があったんだろうか。

得はないけど悪いことを許せないということだろうか。

じゃあ、賭けって悪いことなの?

いや、法律違反だけど。

たしかにそれは法律違反にはなるかもしれないけど

もし電車で席を譲るなって法律が出来て、その上で席を譲ればそれは法律違反ですよね。

でも席を譲ることは人として間違ってないし

賭け自体は人として悪いことなのだろうか。

じゃあ、悪いってなんだろう。

体に悪いとか、資本主義は悪だ、とかの悪。

その悪いって言うのはどこかに害を与えるものだと思う

万引きならその万引きをされた店に害があるし

ドラッグなら体に害がある

だから分かりやすいし納得できる

しかし賭けはどうだろうか。

賭けは、負けても勝っても、自分と相手の中で完結している、と思う。

たしかに負けるのは自分に害があるとも言えなくもないが、それは自分が勝つこともあるわけで十中八九害を与える存在ではない。

そもそも合法的に認められた賭けがあること。

競馬、競輪、競艇など…

合法という存在と違法という存在

両者には賭けの性質としては違いは無いように思える。

じゃあ一体なぜなのか。

俗にギャンブル依存性という人がいる。

ギャンブルに依存して多額の借金をする人だが、社会的にはわかりやすく悪である。

こうした依存者を出してしまうギャンブルが悪だという言い分はあるかもしれない。

しかし、同じことは他の依存症にも言える。

買い物をするのが止められず、借金を重ねてしまう買い物依存症

依存しやすいものは確かにあるけれど、それだけのために規制するのもなんか違う。

一体なんなんだろう。

なぜ賭けはだめなのか。

国が認めたら合法だし

国が取り締まらなければ違法なものも、堂々と出来る。

そこらの雀荘のほとんどは賭けてやっているという。

違法だけれど、数が増えすぎて取り締まれないほどになれば、それはもう堂々とやれる。

とにかく賭け自体に本質的な悪さって無いと思う。

そもそも人生だってある種の賭けではないか。

みんな人生賭けて、毎日過ごしてんだ。

ふざけんなよ。

このだれに向けたらいいか分からない気持ちをなんと呼ぼう。

とりあえずその知り合いに言いたい。

どんまい。